日記の実践
プロンプトは有害である。足場が檻になるとき
ジャーナリングのプロンプト一式は依存を植えつけかねない。試験文献の反論は僅差にとどまる。三週間で足場を外す方法。
デッキは開かれている。朝はなんでもなかった。プロンプトはあなたの 影の自己について書けと言う。それを見つめ、わずかな拒みを感じ、 次のものへスクロールし、同じ味のものを見つけ、アプリを閉じる。 その日は記録されないまま終わる。
反射的に、今日はデッキが失敗したと言いたくなる。より正確な記述は、 デッキはそもそも誤った道具だったということだ。それなしで何ともなかった 朝に。
これはプロンプト一式についての実践の柱の 記事である。消費者向けジャーナリング業界がそれをどこから借りてきたか。 試験文献が方向づけについて実際に何を示しているか。そしてその知見が、 電話アプリが今後二年間にわたり毎朝あなたに違う問いを投げかける免許に ならない理由。
もとのプロトコルは一つの開かれた指示を使った
書くことと健康についての四十年の文献は、 PennebakerとBeall が1986年に発表したパラダイムの上に立っている。[4] 四十六人の学部生が四日連続の夜に十五分ずつ書いた。四つの条件のいずれか、 すなわちトラウマ感情、トラウマ事実、トラウマ統合、あるいは些末な対照群で。 各条件は初回の冒頭で一段落の指示を受け、続く三晩も同じ段落を受け取った。 プロンプトの入れ替えはなかった。デッキはなかった。
今日もっとも引用される文言は、 Pennebakerの1997年の回顧論文 からのものだ。あなたの人生で最も動揺した経験について、最も深い思考と 感情を、これから四日間書きなさい。[5] 一文。 開かれている。参加者は主題を、入り口を、開示の度合いを選ぶ。指示は、 実験指示が果たさねばならない唯一のこと、すなわち枠組みを定めることだけを する。書き手が毎日違う問いを必要とするふりはしない。
そのパラダイムは、その多くの末裔のかたちで、メタ分析が引用するものだ。 ウェルネス業界が借りてくる効果量はすべて、同じ開かれた指示か、その近縁種に さかのぼる。プロンプトのデッキというモデルは、別の場所からやってきた。
デッキは別の系譜から来た
二つの製品が大半の仕事をした。Intelligent Changeが2013年に発売した The Five-Minute Journalは、朝に三つ・夜に二つの形を定着させた。三つの 感謝、三つの意図、二つの振り返り、毎日同じ五つのプロンプト。Day Oneは、 そのブログで五百五十を超えるプロンプトを並べ、無限の供給を美徳として 扱う。Promptly、BestSelf、ほぼ日手帳、そして百を数えるEtsyの模倣品が 同じ形をより低い価格帯で組み立てた。
販売の枠組みは一貫している。プロンプトこそが習慣を可能にする。The Five-Minute Journalの製品ページははっきりと書いている。いつも日記を 書きたかったのに始め方が分からなかったなら、もう探す必要はない。 含意は、デッキこそが入り口だということだ。それなしには、実践は始まらない。
それは強い主張である。文献はその主張をしていない。
試験文献が実際に示していること
正直な厄介事は、この分野で最大のメタ分析である。Joanne Frattaroliは 百四十六本の無作為化研究、合計一万九百九十四人の参加者をプールし、 実験者が方向づけられた問いや具体例を提供したかどうかを調整変数として コーディングした。[3] 彼女は方向づけ条件に 小さな優位を見いだした。
| condition | 効果量 r |
|---|---|
| psych health, directed | 0.094 |
| psych health, open | 0.011 |
| overall, directed | 0.09 |
| overall, open | 0.052 |
実験者が参加者に方向づけられた問いを与えるとき、試験のアウトカムは 開かれた指示を与えたときよりわずかに良い。わずかに。全般的アウトカムで rが.090対.052というのは、効くか効かないかの差ではない。しかしそれは、 プロンプトが実践を損なうと論じる文章にとっては、誤った方向の数字である。
この記事が組み立てている読みは、Frattaroliが測ったのはプロンプトデッキ業界 が売っているものではない、ということだ。
メタが測っていないもの
Frattaroliのプールにあるどの試験も、境界をもつ。三、四回のセッション、 一回十五分か二十分、実験者が同席し、報酬か単位の参加者集団、既知の地平。 方向づけられた指示は一度だけ、外側の当事者から与えられ、その当事者は研究が 終われば去っていく。
あなたの電話の上にある製品は境界をもたない。デッキは実践そのものとして、 無期限に機能することを意図されている。プロンプトを供給するのは四日間の プロトコルを回す研究者ではなく、明日あなたに開いてもらえるかどうかに 保持指標が依存するアプリだ。地平は数年にわたる。
自己決定理論は、その違いに対する語彙を持っている。DeciとRyanは社会的文脈を、 自律性支援的から統制的までの連続体に置く。[2] 外的な構造によって駆動される行動は、彼らの言葉でいえば、随伴依存的である。
Externally regulated behaviors are predicted to be contingency dependent in that they show poor maintenance and transfer once contingencies are withdrawn.
DeciとRyanがKoestnerと共著した付随するメタ分析は、百二十八の実験をプールし、 形のある課題随伴的報酬が自由選択下の内発的動機づけをd ≈ −0.34だけ 損なうことを見いだした。[1] 報酬と プロンプトは同じ道具ではないが、機構は韻を踏む。行動は書き手のものだとは 感じられなくなる。書き手はいまやデッキの道具である。
Frattaroliのメタはこれを検出できない。なぜなら四回のセッション試験を 測っているからだ。檻は慢性曝露の現象であり、メタはそれにとっては誤った 道具である。
デッキが檻になった三つのしるし
しるしは内側にある。信頼できる読みが三つ。
- プロンプトでの拒み。アプリを開く。朝はなんでもなかった。プロンプトは答えたくないことを尋ねてくる。スクロールし、同じ味の別のものを選び、閉じる。デッキがそれを名づけなかったので、その日は記録されないまま終わる。
- デッキに合わせて形づくられた一日。午後の遅い時間、今夜の感謝のプロンプトにどう答えるかを心の中で予習している自分に気づく。プロンプトが注意の上流に来てしまった。あなたはもうその日を見ていない。その日のオーディションをしている。
- 白紙の恐慌。アプリが落ちる、あるいは紙のページを試す。すると始められない。デッキは実践に問いを必要とすることを教えこんだ。開かれた一文を書く力は、静かに萎縮していた。
三つのうち最も深いのは二番目だ。オーディションモード。デッキはただ 内容を集めているのではない。毎日無期限に使われるとき、それは注意の上流に 回り、何が気づかれるかを静かに書き換える。オーディションモードの中で 暮らす読み手はしばしば、ジャーナリングが難しくなったと報告する。より 正確な記述は、その日そのものが読み取りにくくなった、というものだ。 プロンプトはプロンプトに答える種類の細部を選り分けており、その日の残りは 静かに登録されなくなっていく。
これらのいずれも破局として読めるものではない。同じ慢性的状態の、日常の 表面でしかない。
三週間で卒業する
直し方は段階的な離脱だ。デッキを足場という言葉のもとの意味どおりに 扱うこと。建物が立てば取り外される、一時的な枠組みとして。
- 第一週。書かれたとおりのプロンプト。デッキを普通に使う。第一週の眼目はそれを捨てることではない。今週の投稿のうち、どれが自分のものに感じられ、どれがデッキのものに感じられたかを観察することだ。
- 第二週。一つの種。今夜のプロンプトを読む。閉じる。プロンプトが示唆したことを、自分の文で、プロンプトの文法を借りずに書く。種はデッキの近所に置かれているが、その枠の中にはない。
- 第三週。空白。アプリを開いて空のフィールドにする。その日についての、具体的で実体のある一文を書く。何も浮かんでこなければ、五つの見方がその場合の記事だ。一行ログのプロトコルは、デッキが消えたあとに実践が落ち着く先となる、長期にわたる形である。
これはプロンプトについての道徳的な立場ではない。デッキが正しい道具である 週はある。行き詰まった週、あるいは治療に隣接した週。Frattaroliの小さな 優位は本物だし、限られた窓の中で、外側の当事者によって短く使われる 方向づけられた指示は、まさに彼女の文献が機能を示したものだ。消費者の パターンが犯す誤りは、その境界をもった知見を、無期限の足場の免許として 扱うことである。
デッキには使い道がある。朝には、たいてい、それは要らない。
参考文献。
- 1.Deci, E.L. et al. (1999). A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation. Psychological Bulletin 125(6), 627–668.doi:10.1037/0033-2909.125.6.627
- 2.Deci, E.L. & Ryan, R.M. (2000). The 'what' and 'why' of goal pursuits: Human needs and the self-determination of behavior. Psychological Inquiry 11(4), 227–268.doi:10.1207/S15327965PLI1104_01
- 3.Frattaroli, J. (2006). Experimental disclosure and its moderators: A meta-analysis. Psychological Bulletin 132(6), 823–865.doi:10.1037/0033-2909.132.6.823
- 4.Pennebaker, J.W. & Beall, S.K. (1986). Confronting a traumatic event: Toward an understanding of inhibition and disease. Journal of Abnormal Psychology 95(3), 274–281.doi:10.1037/0021-843X.95.3.274
- 5.Pennebaker, J.W. (1997). Writing About Emotional Experiences as a Therapeutic Process. Psychological Science 8(3), 162-166.doi:10.1111/j.1467-9280.1997.tb00403.x