daylogg について。
daylogg を作ったのは、何年もノートに書いてきたのに、アプリがいつも多くを求めてきたからだ。
何年も紙のノートに日記を書いた。ほとんどの日は一文。時には一段落。読み返すことはほとんどなかったが、それが存在することが大切だった。書く行為が習慣を作った。書いた長さではない。一行で十分だった。
日記アプリを試したとき、どれもが多くを求めてきた。連続。提案。気分メーター。インサイトカード。アプリを開く摩擦、どんな投稿をするか決める摩擦、気分を選ぶ摩擦。たどり着く頃には、書きにきたものを忘れていた。十秒と一文がほしかった。だから自分で作った。
私の日記の書き方。
一日に一文。名前、場所、感覚、火曜日には忘れてしまう一行。具体的に何かが起きて残しておきたい日は、もっと書く。たいていの日はツイートより短い。現在形で書く。箇条書きにはしない。整えない。何年か後には、読むものがある。それがすべての目的だ。
連続を追跡しないのは、日記が長期戦であり、一週間飛ばしても十年は壊れないからだ。投稿は読み返す前に熟成させる。/読む のカレンダー表示は、一年前に書いたものを引き出す。三年前。五年前。私を捕まえるのはそういう日だ。
daylogg にないもの。
- 提案.
- 連続.
- 通知.
- 人工知能による考察.
- 共有用カード.
- シマー・スケルトン.
- 書いた内容の分析.
ピーターに連絡する。
daylogg があなたにとって何が良くて何が悪いか、聞きたい。